ニュースの話題を理解するために(柳田のブログ)No.8

2025.03.19
ポレポレ日記

今日からはウクライナ戦争に至るまでのあらましを纏めます。

〇ブタペスト覚書

ソヴィエトが解体した後、最大の関心は核兵器の管理となった。1970年3月にNPT(核拡散防止条約)というものが発効した。これは、アメリカ、イギリス、フランス、中華人民共和国、ソヴィエト連邦の5か国以外には、核兵器の保有を認めないという約束である。早い話が、常任理事国で核兵器を独占するということである。

ソ連邦崩壊後、ベラルーシ、ウクライナ、カザフスタンからロシアに核兵器を引き渡すことにした。

1994年12月に、ハンガリーの首都ブタ=ペストでOSCE会議が開かれ、核放棄の見返りとして、ロシア、アメリカ、イギリスはこの三カ国の安全を保障することを約束した。これをブタペスト覚書という。

2014年3月にロシアはクリミアを併合したが、これはブタペスト覚書違反である。アメリカもイギリスも経済制裁を科したが、それは重いものではなく、具体的・実効的な手を打たなかったのである。これが、プーチンを増長させたのである。

 

〇ブカレスト宣言

プーチンは、2007年2月10日に、ドイツのミュンヘン安全保障政策会議で「冷戦後に、アメリカ一極集中の世界は実現しなかった」、「アメリカの一方的行動は問題を解決しておらず、新たな緊張をもたらしている」と述べ、NATOの東方拡大は「相互信頼のレベルを低下させる深刻な挑発行為」だと厳しく批判した。

アメリカは、プーチンの不満の深刻さを正確に認識してなかった。冷戦の敗者の痛みなど無視したアメリカの傲慢さ、鈍感さが、今の事態を招いた。

2008年4月3日に、ブッシュJrが「ウクライナとジョージアをいずれNATOに加盟させる」としたもの、この段階ではドイツ・フランスは、まだロシアに配慮していた。それに対してアメリカ・イギリスはロシアの封じ込めしか考えてなかった。これを、ルーマニアの首都ブカレストで行ったので、ブカレスト宣言という。

〇カラー革命

☆ブルドーザー革命

2000年10月5日、ユーゴスラヴィアでスロボダン・ミロシェヴィッチが退陣した。

☆バラ革命

2003年にエドゥアルド・シェワルナゼが退陣し、ミヘイル・サアカシュヴィリが大統領に選出された。

☆オレンジ革命

2004年にヴィクトル・ユシェンコがヴィクトル・ヤヌコーヴィチを破って当選者であると宣言を受けた。ロシアの過剰な干渉とパイプラインを巡るアメリカの力が働いたとして、オレンジ革命を主導したユシチェンコとユリア・ティモシェンコが対立し、政治が停滞。2010年には、ヤヌコーヴィチが当選している。

2014年にはマイダン革命が起きてヤヌコーヴィチは追放、その後ドンバス戦争、2022年のロシアのウクライナ侵攻へと繋がったきっかけになった。

☆チューリップ革命

2005年にキルギスで議会選挙の結果が暴力となって紛争となった事件。

 

☆ベルベット革命

2018年にアルメニアで起きた政権交代である。ニコル・パシニャンが新たに就任した。西側諸国に接近してる。

〇カラー革命について、ジョージ・ソロス氏が興したオープン・ソサエティ財団やアメリカ政府が、欧米の利益を確保するために革命を支援したり、革命自体を企図していたらしい?

”独裁・圧政的な政権”ないしは、資源利権を外国資本へ売り渡さない、

”民族主義的な政権”に対する「民主化ドミノ」を起こさせたいアメリカやCIA、NED(全米民主主義基金)とUSAID(アメリカ合衆国国際開発庁)が関わったとも言われている。

 

〇マイダン革命(マイダン=ウクライナの独立広場のこと)

2010年に親ロ派のヴィークトル・フェードロヴィチ・ヤヌコーヴィチ大統領は、ロシアの圧力によって、2013年11月にEUとの協力協定への署名を取りやめた。その為、新欧米派の市民が、キーウの「独立広場(マイダン)」などで反政府デモを繰り返し、大混乱になった。

その結果、2014年2月にヤヌコーヴィチ大統領は国外に逃亡した。東南部では認めず、ウクライナからの分離を求める人々が立ち上がった。

プーチンは、この親ロ派を支援し、3月にクリミア半島を併合した。その結果、親ロ派と新欧米派の武力闘争が始まり、クリミア、ドネツク、ルハンシク、オデーサ、ザポリージャ、ハルキウ、ドニプロペトロウシクでは親ロシア派が多く、西武、中部ではEUやNATO加盟を支持する人が多数だった。

2014年月7日にはドネツク、4月27日にはルガンスクが独立国となる。

 

〇ミンスク合意(ミンスク1)

2014年9月5日に、ベラルーシの首都ミンスクで停戦の覚書きが9月19日に調印された。

1,即時停戦

2、OSCEによる停戦監視

3,ドネツク・ルガンスクの地方分権の確保

4,国境セキュリティゾーンの設置

5,捕虜の開放

6,ドンバスの人権状況の改善

7、7違法な武装集団の解散

 

〇ミンスク2

2015年2月12日に独仏の仲介で、ウクライナとロシアの間で成立した。

1,OSCE監視下での無条件の停戦

2,捕虜の開放

3,最前線からの重火器の撤退

4,東部2州に自治権を与える

 

★ウクライナの政治の重要人物

☆ペトロ・オレクシーヨヴィチ・ポロシェンコ大統領

「ロシェン」という菓子メーカーのオーナーだから、「チョコレート王」とも言う。16ビリオンの資産が今回のウクライナ戦争で7ビリオンになった。

 

☆ユーリア・ティモシェンコ(ユーリア・ヴォロディミリヴィ・グリギャン)出身民族は、ラトビア系ロシア人、又はアルメニア系ユダヤ人。夫はオレクサンドル・ティモシェンコ。1989年ビデオのレンタルチェーン店「コムソモール」を作りビジネスで成功する。その後ガスビジネスに出て行き、「ガスの女王」となりウクライナで一番の大富豪となる。2014年2月22日に釈放された。ウクライナのガス関係者で、ロシアのガスプロムと関係を深めた。

☆ウォロディミル・オレクサンドロヴィチ・ゼレンスキー

ユダヤ系ウクライナ人。キーウ国立大学で法学の単位を所得した後、コメディアンになり、自身がウクライナ大統領を演じたテレビドラマ「国民の僕」に2015年~2019年に出演。2019年5月20日に大統領に就任。

2022年2月25日にはキーウに留まっていると、6分余りのビデオを公開した。

2023年5月には広島サミットに参加した。国家元首としては14時間7分の記者会見をして、世界記録を作った。

 

〇問題は、ロシアが自国は紛争当事国ではないので、このミンスク2の合意を履行する責任はないと主張していることである。ウクライナはロシアも交渉に参加した以上、履行義務があると反論している。

2022年2月21日にルガンスクとドネツクを独立させ、22日にはプーチンは「ミンスク合意ははもはや存在しない」と述べた。そして、2月24日にはウクライナに侵攻した。

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